土地代およびビル建設費で彼が投資する金額は約三十億円、S興産には四十五億円で売買して、約十五億円の差額を手にするという計画である。氷屋の土地を地上げしたことにより、この土地は二面道路の七十坪になり、そのため坪五千万円近い相場の土地に変化していた。四十五億円という価格はけっして高い額ではないと中村は判断していた。この取引きに成功すれば彼の資産は約二十五億円になり、これを元手に独立して自分の不動産会社を興そうと中村は考えていた。S興産との話は予想以上に順調に進んだ。東京におけるオフィスピル需要は頂点に達し、もはや中央区、千代田区で空オフィスを探すのは不可能に近かった。そのためオフィスビル需要は、港区とくに浜松町、田町周辺に向けられ、第一京浜沿いは地上げブームに突入していた。当時、浜松町周辺のオフィスビルの賃料相場は、坪四万~五万円近くまで高騰していた。S興産としても年間約三億円近い賃料収入が見込める物件であった。S興産との話もほぼまとまり、国土法を提出して、認可が下り次第契約というところまで話は進んでいた。ところが九○年暮れ、国土法提出の最後の詰めに入っているなかで、不動産ブームに少しずつ暗雲が広がってきた。
土地代
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